2013年3月28日木曜日

検非違使に問われたる放免の物語

 わたしが搦からめ取った男でございますか? これは確かに多襄丸たじょうまると云う、名高い盗人ぬすびとでございます。もっともわたしが搦からめ取った時には、馬から落ちたのでございましょう、粟田口あわだぐちの石橋いしばしの上に、うんうん呻うなって居りました。時刻でございますか? 時刻は昨夜さくやの初更しょこう頃でございます。いつぞやわたしが捉とらえ損じた時にも、やはりこの紺こんの水干すいかんに、打出うちだしの太刀たちを佩はいて居りました。ただ今はそのほかにも御覧の通り、弓矢の類さえ携たずさえて居ります。さようでございますか? あの死骸の男が持っていたのも、――では人殺しを働いたのは、この多襄丸に違いございません。革かわを巻いた弓、黒塗りの箙えびら、鷹たかの羽の征矢そやが十七本、――これは皆、あの男が持っていたものでございましょう。はい。馬もおっしゃる通り、法師髪ほうしがみの月毛つきげでございます。その畜生ちくしょうに落されるとは、何かの因縁いんねんに違いございません。それは石橋の少し先に、長い端綱はづなを引いたまま、路ばたの青芒あおすすきを食って居りました。
 この多襄丸たじょうまると云うやつは、洛中らくちゅうに徘徊する盗人の中でも、女好きのやつでございます。昨年の秋鳥部寺とりべでらの賓頭盧びんずるの後うしろの山に、物詣ものもうでに来たらしい女房が一人、女めの童わらわと一しょに殺されていたのは、こいつの仕業しわざだとか申して居りました。その月毛に乗っていた女も、こいつがあの男を殺したとなれば、どこへどうしたかわかりません。差出さしでがましゅうございますが、それも御詮議ごせんぎ下さいまし。


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